クリスマスにはミステリーを/クイーンの採点表


 この謳いをもじった「クリスマスにはクリスティを」の広告文が大いに受け、クリスティ人気を不動のものにしたという説がある 中学から自分もこの慣例に習い、ミステリーを手にしてきた 故に最高のクリスマスは『ポワロのクリスマス』、またはキングの『シャイニング』を読んだ年となる うれしいことにクリスティーの未読の長編はまだ十五作ほど――そのために『スリーピング・マーダー』を残してあるのだ――隔年で読んだとしても死ぬまで保つ この太平を得る ありがたいありがたい

 今年はスタンリイ・エリンを中心に短編をいくつか(落ち葉落穂拾いですな) その中にクイーンのエッセイがあった 採点表は若きエラリー・クイーン(デビュー四年目)がEQMM創刊前に編集に就いた伝説の「ミステリー・リーグ」誌、1933年10月号(VOL1)掲載のエッセイ「高等批評」から クイーンによれば初出は同年七月、「ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン」紙の読者コーナーに発表した論説との事

グリーン家殺人事件/SSヴァン・ダイン 矢の家/AEWメイスン モルグ街の殺人/EAポオ アクロイド殺し/Aクリスティ トレント最後の事件/ECベントリー チャーリー・チャンの追跡/EDビガース レーン最後の事件/Bロス
プロット 7.5 7 10 7 7.5 8 10
サスペンス 9 7 8.5 7 8 9 9
解決の意外性 6 6 7 10 10 7 10
解決の分析 9 8.5 10 9 7 6 9
文体 7.5 7.5 10 7 7.5 8 7.5
人物描写 9 6 6.5 7 7 8 7.5
舞台設定 8 6 6 6 6 7 6
殺人方法 5 6 10 6 6 6 6
手がかり 8 10 10 10 7 7 9
フェアプレイ 10 10 8 10 6 6 10
合計 79点 74点 86点 79点 72点 72点 84点

 合計点が50点以下は凡作poor、60点で佳作fair、70点で良作quite good、80点で秀作excellent、85点で傑作extraordinaryとなり、90点以上はオールタイム・ベストに選ばれる価値のある名作classicとされる
 当時は明かされていなかったが、バーナビー・ロスはクイーン(ダネイ&リー)の第二のペンネームで、自作に高い評価を下しているわけです 『アクロイド殺し』の手がかりと読者へのフェアプレイ度に満点がついているのも興味深いところ(自分は納得)だけど、文体の評価が厳しいのは翻訳読みとしてはスルー ポオの点数は開拓者として下駄を履かせてあるらしい
 十の項目について簡単に
プロット――着想と展開 独創的か、不自然さはないか、水増しではなく不可欠なものであるかを問う 模範の一つにロス名義の『Xの悲劇』を挙げているのは愛嬌
サスペンス――冒頭のシチュエーションで読者の想像力を捕らえたまま(ミステリ本来の魅力で)関心を持たせ続けているか 「サスペンスは必ずしも実際の行動によって生じるものではない」
解決の意外性――意外で、納得できるものであったか 『アクロイド殺し』に向けられたヴァンダインらの批判に対し、「作家倫理」に違反しない傑作だとクイーンは弁じている
解決の分析――探偵の論証は容易に理解できるか、唯一無二の犯人を導き出すものであるか 採点には「明快にして簡潔」という最小原理をクイーンは用いている
文体―一般文学を読むときに期待するのと同じ基準とする アメリカの作家はイギリスの同業者たちに学ぶべきだとも
人物描写――リアルか、それとも活字でできた人物にすぎないか 存在感、説得力、興味深く信頼性のある個性、生彩
舞台設定――荒れ野に佇む館はもはや想像力をかき立ててはくれない、「客船や博物館や列車が目新しかった時代」は過ぎ去った クイーンはフットボール場を舞台にした『七万人の目撃者』に満点をつけている
殺人方法――独創性がポイントらしい 広く知得されていない医学知識を利用したものとか
手がかり――「手がかりを使って何をしたか」 ありふれた品物、状況をどれだけ巧妙に扱ったかを問うもの トリック
フェアプレイ――本格推理、最高の形式を用いた探偵小説は読者との知的ゲームであるとしたクイーンが一等考慮し、重大視した項目(クイーンの小説にいまひとつ親しめなかった理由は彼らのこの分析にあるのかしらん)

 総じて新進作家エラリー・クイーンが如何に自身の新規さ、独創性に作家生命を賭けていたかが知れる また「誠実さ」を重んじる態度は普遍の素養であり、後年の書誌、研究家クイーンの面目も覗える


 クイーン式採点法以外のコラムも実直で面白い アール・デア・ビガース(1933年没)の追悼でクイーンは彼がホームズやブラウン神父と肩を並べる人物を造形した功績を称えている 新聞王ハーストらが煽った黄禍論の影響もあり、戦中戦後のアメリカではミステリに登場する東洋人といえばフー・マンチューに代表される悪役(或いは哀れで蔑まれる苦力や洗濯屋)だった由 「勇敢なるアングロサクソン」に拷問を加えるステロを「愛されて賢くて法を守護する」英雄に仕立てた事は、文学史上「大胆で賢明な一撃」であったいう(ミッチェル女史に対抗したワスプが『ブラック・ボーイ』を上梓するようなものでしょか) 「親しみやすい小太りの体、凡庸で姑息な白人に見せる寛容さ、古風で風変わりな警句、信頼のおける博識」とクイーンはこの東洋人を評している フー・マンチューを演じたワーナー・オーランドが、次にチャーリー・チャンを当たり役にした皮肉を述べ、無節操な映画会社への苦言で記事は結ばれている


追記 1933年11月号(VOL2)に於ける採点表

透かし細工の玉/AKグリーン バスカヴィル家の犬/ドイル 813/Mルブラン プレート街の殺人/Jロード フレンチ警部最大の事件/FWクロフツ 僧正殺人事件/SSヴァン・ダイン
プロット 7.5 8 10 10 9 9
サスペンス 8 9 10 9 8 8
解決の意外性 7 6 9 7 8 6
解決の分析 7.5 10 10 8 8 8
文体 7.5 9 9 7.5 8 7
人物描写 8 10 9 7.5 7.5 7
舞台設定 6 7 8 6 7.5 7
殺人方法 9 10 8 6 6 7
手がかり 7.5 8 8 6 9 9
フェアプレイ 6 9 9 8 8 9
合計 74点 86点 90点 75点 79点 77点

 アンナ・カサリン・グリーンは探偵小説の開拓者として甘めの評価(自分は乱歩の傑作選で知ったけど、そんな古い時代の作家だとは思わなかった) ドイルも底上げありとする なによりルブランの高評価が目を引く 「解決の分析」項目ではわざわざコメントを付けて絶賛している フェアプレイ度は作品の性質から考慮外とし、他項目の平均点を入れたとの事(うーん、チンプンカンプンで時代掛かっていて、自分はダメだった、ルブラン)
 他のコラムではトウェインとブラム・ストーカーが友人だったというトリビア(知的骨董品)を紹介、また、トウェインはオルダス・ハクスレーと同様にミステリ同業者組合の一員であるとも書いている ウム、確かに『わたしの懐中時計』は愉快なミステリだったです
 交友があったとはいえ、フランク・サリヴァンウッドハウスに勝るとも劣らぬ当世きってのユーモリストと見立てた一文は、『ニューヨーカー短編集』の三巻本を宝物にしている――ただし、サリヴァンの作品が収録されているのは『ユーモア・スケッチ傑作展』の方なのだけど――自分はとてもよろこばしく、気持ちがなごみました