修正 Jaunt


 S・キングは特別な作家だ 愛読している唯一の現代作家であり、新刊が競って翻訳されるベストセラー作家でもあるんだから 自分にとって「現代」は1970年前後、小説に携帯なんぞが出てくれば「便利な世の中になったなー」、「これからのミステリー作家は大変だろうなあ」としばらく感慨にふけるほどなのだ
 モダンホラーの帝王とされるキングだが、SFホラーと呼ぶべき作品も多い 昔日を題材に据えたゴシック(風)ホラー――ちなみにキングで一番好きな短編は戦前が舞台の冬の物語、「マンハッタンの奇譚クラブ」――とか、クトゥルー神話系の諸作と比較すると些か中身が空けてしまう(persuasivenessを欠くといったところ) 某評論家はSFアンソロジーの編集に当たり、なぜこんな凡庸なものが(大人の事情があろうと)選に残ったのか謎であると作品名を挙げずに酷評していたが、おそらくキングの『やつらの出入口』ではないかと(外れていたらごめん)
"The Jaunt"は1981年、トワイライト・ゾーン・マガジンに載ったキングの恐怖譚 ベスター流のテレポーテーション技術(ベスター・ジョウントはF・ブラウンの”飛ぶミシン”の後継でもある)が惑星間旅行の実現まで発展した未来が舞台 作者の弁によれば、初めにSF誌(オムニ)に持ち込まれたが、非科学的だとして不採用となった由 巨星アシモフでさえ趣向に合わないという事由で突っ返されたぐらいだから(名作とされる『バイセンテニアル・マン』もそうらしい)驚くに値しない事柄なのだろうが、当時はいたく感じ入ったものだ 作中でジョウントの歴史が紹介され、産業界の動向(大打撃を受けた燃料会社が会社名を商品名に変えて生き残りを企てる)なども語られているのだが、問題はテレポートの発見、開発時のエピソード群である 記述、「物理学者」の検証の手法が拙いうえ、たとえ作品の味付けであれ、あまりに枠組み、「科学がぐらぐら」なので読者のニーズ、編集者(ベン・ボーヴァかな?)の基準を満たしていないと判断されたわけだ
ジョウント』収録の『神々のワード・プロセッサ』を読んだのは高校の頃(そもそもキングの初購がこの一冊だった) 後年、ボツの顛末を書いたキングの口上をつれづれと思い起こしたのが1995年、例のマルコポーロ騒動のニュースに接して 関連企業の広告撤退は言論弾圧につながる脅迫だという意見が目立っていたけれど、自分はアメリカの「空想」科学の創作を掲載する雑誌と比べての日本の論壇誌、言論の閾値を目の当たりにしてびっくらしてました

 ホロコーストの惨劇をわずかなりとも実感できた最初は、子供の頃楽しく読んでいた童話(赤い幽霊と青い幽霊が子どもたちと冒険の旅をする) 訳者あとがきで著者がナチスに逮捕され殺されたと書いてあるのを読んだ時 まだ「アンネ」の名を聞く以前、なにかとんでもなく理不尽な歯車が過去に動いていたのを知ったわけです ヴォネガットの表現を借りれば、土地に深く突き刺さった大ねじが何者かによって巻かれ出来したカタストロフィですね


 前に書き込んだものをいくらか割愛、伏字にして再掲(個人に向けたものだったけど、レスがなくて寂しい思いをしたことを覚えている) ドイツが自由の制限にまで踏み込んでいることを知った際は感嘆した 図書館で読んだ「ドイツの徴兵は市民による軍の監視を期するものでもある」という軍広報の言葉も印象深い 戦う民主主義ってやつでしょか

 党に忠誠を誓うSA/SSと、国と国民に奉仕する国防軍 王国を郷愁する古参と共和国下の憲法で育った兵らが混在する組織は、元伍長に率いられたナチとは最後まで軋轢を生じた 粛清も激しかったが、ヒトラーの遺書に国防軍への恨み言が書かれていたのがその関係を物語る
 ロンメルの関与は彼の腹心の自供からもたらされたが、ゲシュタポの尋問のやり口を考えると用意された供述書にサインしただけかも 敵からも尊敬された騎士ロンメルに総統が嫉妬していたのじゃないかな
 世界がハインリヒ・マンに代表される切断された「物語」をある程度まで承諾しているのは、第一次大戦後、逃げ道をふさがれたドイツの孤立がナチが台頭する土壌になったという反省からだろう 徴用された兵士にも「被害者」としての側面があるとして、 戦後賠償を経済協力としたという中国の自国民に向けた説明にも通じる 現在ではナチとの差別化のあまり、国防軍の罪をも隠蔽しているのではないかという批判がドイツ国内にもある

「Vergangenheitsbewaeltigung」が検索語になるかな アメリカ追従でやり過ごせた日本とは異なり、生易しいものではなかったもよう 政府と国民感情との乖離も指摘されているし、神経症的にネオナチに流れた若者も多いそうだ ただし、○○のような反動とは重みがちがう ポイントは連合国の裁判のみならず、自国の裁判で犯罪人として処罰した事だろうけど、『わが闘争』の販売(ネット販売のような不特定多数については現在の版でも)やナチス式敬礼まで法律によって禁止されていること
「自由」を標榜する国として、これほどの自戒のくびきはないように思う

軽巡ヒムラー」が建造される可能性は皆無だろう ギュンター・グラスの『蟹の横歩き』にはネオナチの若者のネット論争の顛末が描いてあった 掲示板のコピペで知見を広めるタイプじゃなければお勧め

 書き込みは「ドイツを見習えというが、リュッチェンスなど戦後起工の駆逐艦に帝国軍人の名を冠しているではないか」というコピペについて 読み返せばこちらも前半部はコピペならぬ記事の受け売りですね 兄の日記は雑誌の抄訳で ゲシュタポうんぬんには、ユダヤ排斥のドイツから脱出し、後にイギリス軍尋問官、戦後モサドに所属した諜報部員の回想録からの推量が入っている
ブリキの太鼓』は映画で見てしもうた キングの『ゴールデンボーイ』は潜伏する元ナチと少年の交流を描いた問題作(良品だと思う) ブライアン・シンガー監督による映画は未見(「依頼人」のブラッド・レンフロー少年は伸び悩んだみたいね) また、『IT』の登場人物の一人、自殺する元少年の妻であるユダヤ女性の叙情、心理描写は見事だった


追記
 薦めておいてなんですけど『蟹の横歩き』はやや散漫、読後「やつの本当の力はこんなものではないっ」とひとりごちた(嘘) まー、グラスは三冊しか読んでないけど まー、『ジキルとハイド』、ヴォネガットの『タイムクエイク』と同様の、執筆以前の寄り道故の「失敗作」ではなかろーかとね


追記2
 ブラッド・レンフロのニュースは木曜(十六日)の朝 前々日『ゴールデンボーイ』映画化の項目に関して検索した際に、主演が彼だったのを初めて知った(トッド役は別の役者だとずっと思い込んでいた) 劣悪な環境で育ち、薬物禁止キャンペーンのシナリオと出演をこなし、監修していた警官に『依頼人』のオーディションを勧められたというデビュー時の挿話も読んだ 薬物等のトラブルを起こしたが後に復活――それでサイトの記述は終わっていた 『依頼人』はグリーン医師とモーゲンスタイン部長を演じた俳優が、ポートに揃ってストレッチャーを運ぶという『ER』を想起させる共演シーンがあってほほえましかったのだが、正直、レンフロはファーロングやオスメント少年、『目撃者』のルーカス・ハースクリスティーナ・リッチほどには印象に残らなかった 「レンフロ」の検索でアクセスがあるのを見ても、暢気に「まだまだ人気者なんだなあ」とさもしく考えていたわけです メイラーの訃報を受けた時より無量だった
 ジュリアン・ムーアは『ハンニバル』撮影後に衰弱してしまい、カウンセリングを受けたそうです 『ゴールデンボーイ』は例の「長く深淵を覗く者」、「ミイラ取りがミイラに」の警世に繋がるお話 映画出演が転落、彼の薬物依存のきっかけにならなかったと信じたい エントリ中の浮ついた表現が不快に思われたファンの方がいらっしゃったのならば申し訳ない、悪かったです