トラックバック未満 三つ


 トラバ未満、メモ未満のてなぐさみ(悪い意味で)三題


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 はっ、映画ベストテンの話だ 鶴田浩二と聞けば「むかしむかし芸能界ではなー」で始まる恐怖伝説のモデルというイメージが先行してしまうのだけど(歌謡界でいう山下Kジローみたいなの)、映画評も辛らつですな 福田評は「ドイツ映画がやっと自信を回復したので、日本の戦争映画も立ち直るかと期待したんですが」の一文に象られてしまうかなあ 『紫電改のタカ』を政論、史観とからめちゃう漫画家扱いされるのは心外でしょうけど 無頼を気取ったり、相をずらしたりする語り口を、自分はちょっと苦手にしてますが(同業者の例を出せば伊藤典夫とか)、掲載されている双葉の発言にもそんな趣味が垣間見えて残念だった(まあ座談だし、編集もされているのだろうけど)
 ともあれ
 娯楽派としては、マックイーンとかプレザンスに胸がきゅーきゅーした『大脱走』、『火垂るの墓』にも通じる敵味方を問わない大人の醜悪さにどんよりする『禁じられた遊び』、ラストがクールな『史上最大の作戦』(降下で傷めた脚を投げ出し自嘲するリチャード・バートンの無常さに)等々、納まりのよいリストだと思いました 個人的には『史上最大の作戦』の共同監督も務めたベルンハルト・ヴィッキの『橋』を挙げたいところ
 戦争映画に於ける女性の描き方の一つに、引き裂かれた絆という形式がありますね(間違えると単なる悲恋物の括りに入ってしまうのでしょうけど) ヴィヴィアン・リーが主演した往年の『哀愁』(ちなみに扇谷正造によれば原作はわずか三行のショートショート 『座頭市』より短い)が代表的な作品となるのでしょうが、戦後のポーランドを舞台にした41回金獅子賞の『太陽の年』も幻想的でクラッシックに相応しい佳品でしたです(荒廃に為すすべもなく晒された女性が、戦後は政治に翻弄される)
 告白すると、ここの十本の外国作品はすべて鑑賞してるのに、邦画編は一作もない自分にびっくりでした(加東大介のと戦メリはかろうじて観てる)


   2
 次は古いお友達から聞いたなぜか懐かしく感じる――そんなお話です
 仮に吉田さんとしておきましょうかねえ その吉田さん、地方の仕事の疲れからか、枕が変わったせいか一向に眠れない 隣のAD君はいい気なもんでとうに夢の中 一人で酒を飲むのもつまらないし、ベッドの中であーでもなーい、こーでもなーいと悶々としてた
 ふと彼、幼い頃教えてもらったおまじない、まー、お遊びをやってみることにしたそうです
 羊が一匹、羊が二匹・・・うつらーうつら 不思議なことにすっと意識が遠のいた 部屋の中がなんだかぼんやーりかすんで見えた
 羊が三匹、羊が四匹・・・うつらーうつら
 とね、柵の向こうから黒いのがやってきた ナンダー、エーって思いながら目を凝らした
 どどどどどどどどどどどどどどど・・・まわりを蹴散らしすごい勢いでそいつが駆けてくる
 どどどどどどどどどどどどどどど
 ありえない、そんなことあるはずがないんだ 吉田さん、黒い羊なんて呼んでないんだから
 どどどどどどどどどどどどどどど・・・ずずっ、どんっ
 黒い塊は柵を飛び越えた ところがそいつ出て行かなーい、飛び越えたきりその場から離れない
 ヒッタヒッタヒッタ、ポットポットポット・・・
「ははーん、こいつ俺に何か言いたいことがあるんだな」 そうだったのかー、こんな畜生でもいじらしい、可哀想にと吉田さんは考えたそうです
 ぐるるるる、ぐるるるる・・・と、やつが低くうなりはじめた 目を離せない、逃げられない、怖い・・・
 彼、金縛りでこれっぽっちも動けなかったって言うんだ しばらく睨みあっていると、畜生はヒュッと唇を引きゆがめ、背中の毛を逆立たせて
 うおおおおおおおおおおおおおお! と、雨空に吼えた
 もーたまらない、あーいやだ 吉田さん、がばりとベッドから跳ね起きると隣のAD君に助けを求めた
「おい、おいっ」
 どういうわけか相手はなかなか起きてくれない
「おいっ、眠るな 目を開けてくれ、おいっ!」泣いたり脅したりしてようやく目を覚まさせた
 まだ震えが止まらない吉田さんが尋ねた
「ありゃ犬かい?」
「いや、馬ですよ」
 寝ぼけ声でAD君が告げたそうです

 いやあ淳ちゃん、こんなことってあるんだねえ・・・って彼、言ってました

<追記 もしAD君がセイラ・メアリ・ウィリアムズ・ジョージ・エレグザンダー・ピーターズその人であったならば、そいつが前脚で立ち上がったゆえに見当がついたのだと返答するであろう>


   3
『48億の妄想』はほとんど印象になかった 再読もしなかったんだろう 筒井の政論は悪人党や悪宰相の待望論を読み、「逆張り」してるだけじゃないと生意気な中学生は見切ってしまったのだ(おほっほ)
 筒井はいくつか漫画も書いているが、横山、石原、青島の当選をネタにした一コマ漫画の方が寧ろ記憶に残っている(絵の力に拠るものではない 無機質と評して賞賛した人もいたけど、自分には青木雄二画伯、絵師蛭子とでも呼びたくなるもの)
 世襲、役人、タレント出身以外の議員はいなくなると憂う人は昔からなのでしょうね 看板世襲の蔓延が酷いと選挙区の鞍替えを提案する人がいるぐらいだから、いつかタレントの芸名、または本名での政治活動の禁止が提案される日がくるのかも(テレビでタレントが重用される限り、つまり放送が続く限りありえないけどー)


付記 最初の映画の話題はこちらの記事からでした