ともだちのともだち


 都市伝説の名称が広まる以前(松谷みよ子の現代民話考は近所の図書館に全巻揃えていてありがたかった)、「民間伝承」なる用語に牧歌的で幾分猟奇的な印象を抱いていた 温室育ちなもので未加工の情報をあまり詰め込むと消化不良を起こしちゃうのですな 口述資料と呼ぶには厳密さ、威信を欠くものの(分野も異なる)、ほら話と括ってしまうのは抵抗がある ただし煽動、デマの類との区別は難しいし、汚染も深刻なのだろうけど(新聞に連載された独神唯一絶対神説を採ったテキスト解読はその最たるものだと思う いとけない子どもの口から聞かされたらレヴィ=ストロースも悩んだはず)付1 
 都市のフォークロア「消えるヒッチハイカー」の刊行により脚光を浴びた(おまけに風聞では訳者まで有名になったらしい)ジャン・ハロルド・ブルンヴァンは採取した伝承を「友だちの友だちの話」と表現している 従妹の友人の体験談とか、帰省中に耳にした肉屋のかみさんの噂話といった真偽不明の、つかみどころのない言い伝えというニュアンス
 ブルンヴァンの記述で特に興味を引いたのは様々な都市伝説を悪用した現実の犯罪に関する章 「飲料瓶の中に閉じ込められた虫たち」なる醜聞に感化された従業員が、工場で異物を混入するなりゆきは充分考えられるという 模倣犯でも伝説(コークロア)が最初にありきという次第 いたずらでは済まないケースもあって、ハロウィーンの夜、戸口に並ぶ子らへ配る菓子の中に毒物を潜ませておく変質者が出現するという伝説(実際その日は警告がなされる)を利用し、我が子の殺害を謀った親が逮捕される事件も起きたらしい 彼の説を踏まえて昔コントの台本を書いた 宇宙人の文化人類学者が地球を舞台にした犯罪計画を立て、ターゲットを空港のタラップから突き落とす 駆けつけた警官に「悲しい事故だった、あの地球人は滑って転落した」と星人は主張し、用意したバナナの皮を指差したというとほほなオチ 誰も笑わなんだ(鼻筋にしわを寄せたやつが一人)
 都市伝説シリーズは――水に濡れた後部座席の怪、勇猛でおそろしくしなやかな蛇、猫よけのペットボトルのルーツ(ドイツのテレビ番組だったらしい)――こんなものまで世界共通の説話であったのかと驚かされる例が多かった 試着室の床に仕掛けがされていて、いつまでも姿を見せない妻にしびれを切らせた夫がカーテンを開くがもぬけの殻、旅行客の女性はとうに組織の手で地下通路から運び出されていたというブティックの恐怖譚も、中学時分に耳にした覚えがあった(実話として語られたかどうだったかは失念) ブルンヴァンによればこの伝説には話し手のレイシズムが隠されているという いくつかの変奏はあるが、舞台(異国のバザール)の多くが途上国(中東やアジア)に設定されているというのだ(自分が聞いたのは香港バージョン)


 こちらでも言及されている実刑判決の出た殴打事件のニュース 当時は過熱報道なんて生ぬるいものではなかった(これについてはNHK時代の木村太郎の名言がある付2) 対マスコミの裁判では勝訴しているが、賠償金の他に社会的責任を果たした報道関係者は何人いたのだろう
「なぜロスのホテルでの事件と胡散な試着室の都市伝説を?」というもっともな疑問にはお答えできない 申し訳ない


付記1 ジョージ・P・エリオットの『ダング族とともに』は文化汚染のプロセスを描いた記憶に残る短編 タング(Tangu)にあらず 調査に訪れた学生が咄嗟に諳んじた旧約聖書の物語が部族の神話、正典となる エスクァイア誌に載った教授の作品(1959年度Oヘンリ賞第二席)を年間SF選に収録してくれる編集者はジュディス・メリルぐらいだろう

付記2 「私共報道の役割には視聴者の皆さんが知らなかったニュースをお伝えすることと、皆さんが知っているニュースを(あえて)伝えないということがあります」狂騒を諌める一テレビマンの殊勝な発言だったと思う ただ退社後のグタグタ(幸いとなる事件事件など)を拝見する限り、木村個人ではなく、NHKの良識、見解だったと考えるべきなのかもね
 ついでに自分がかつて感嘆した、主なキャスターの発言を挙げておくと
久米宏:「ニュースを伝える際、国益なんてこれっぽちも頭にない」(政府の不祥事を取り上げるのもいいが国益も少しは考えろという自民議員の苦言を受けて)
筑紫哲也:「TBSは死んだ」
 三者の発言はすべて脳内ソース、大意です 筑紫を除き言葉を正確に再現するのはちと困難


 このエントリそのものが「つかみどころのない言い伝え」となってしまい、またまた眉を顰めるしかないオチがつきました こらえてつかあさい