「求めよ、さらば与えられん」とチクタクマンはいった


 ボームが創作したオズ、キャロルのアリスのキャラクター達はサブカル作品に於いてもポピュラーで、もはや両書は現代人にとって神話の域に達しているとさえ思われます チクタクを含め(個人的にはクルマーが一番怖かった)ボームのキャラの登場頻度が高いのは、青空の狂騒、ゆらゆらとはまぐりのあくびを意地悪に覗かせるキャロルより、(殊にホラー作家となれば)膨大なオズ世界のゆがみのない、開けっぴろげな連中に使い出を感じるのでしょう 無邪気の邪、同室となるに殺意が伺えぬぼんやりした虎ほど恐ろしい相手はいないというチェスタトンのあれです

 サスペンスでは俄かには信じてもらえない悪夢的状況に際し、如何に短時間で周囲に自分の望む行動(助力,、避難)を促すかというテーマが出来します 端的には「強盗だ、ではなく、火事と叫べ」の教訓、有名なのは都市伝説のこれ(自分が聞いたのはカップル四人が襖の向こうの脅威に遭遇する別バージョン) さすがにクリスティ、ウーリッチ等の巨匠は見事(キングはちと説明が長い)――というか、この辺りをうまくこなせるから物書きになったのだと思うのですが、時折ヘンテコなものに出くわします 例えばこんな感じ
「おまわりさん、未来から来たロボットが私を殺そうと後をつけてくるの。すぐここにもやってくるから気をつけてちょうだい」
「ねえ、扉を開けちゃ駄目よ。むかし湖で殺された男の子の怨念が、土色のホッケーマスクを被った怪物となってあちこちうろついているんだから」
 首をひねる哀れ警官はたちまち蜂の巣にされ、友人は愛想笑いのうちに扉越しにポールで串刺しにされてしまいます 巻き込まれた犠牲者達が気の毒で仕方がない オバカな市民、女友達をもったと諦めるしかない

『チックタック』ディーン・クーンツ クーンツはR時代の二十年近く前に一冊読み、二度目はないだろうと考えた作家 なのに魔が差してしもうた(スクリューボール・コメディってこんな鼻持ちならない調和満載だったっけ?) のっけから主人公トミー君の独白が延々続く 経歴なり、人となりを浮かび上がらせる趣向なのだろうけど、ごめんなさい退屈(ちなみに彼は一族そろってのベトナム移民であり、アメリカ大好きの新進の探偵小説作家 新築の家と新車、それと自らが創造したマッチョヒーローとは逆様の脆い肉体と精神の持ち主) んで、やっと帰宅、やっと魔界の化身、人形チクタク、チャッキー君――そんな名前じゃないけど『チャイルド・プレイ』のチャッキー人形のモノトーン版と考えてもらってよろしい――登場 擦った揉んだ、バタバタしてるうちチャッキー君を一室に閉じ込めるのに成功 そこで一息、先のテーマとなります 簡略に記すと
 ――はあはあ、警察に連絡しないといけない 白いぬいぐるみが突然襲ってきたんです、助けて・・・・・・って、待て待てー! こんな馬鹿げた話、誰も信じてくれっこないぞ 時間を費やし、おふざけじゃないってわからせたところで駆けつけるのは警官じゃない、白衣の連中だ そいつはまずい!(え?)
 ――さあさあ、とっととここから逃げださなきゃ……って、待て待てー! このままやつに明け渡すのか? アメリカンドリームを実現した僕の城を、あんなぼろ雑巾の魔人なんかに! よし、火気厳禁の洗浄剤がある、カーペットに撒いて火をつければやつは蒸し焼きだ、ヘッヘ……(夜を徹したトミー/ファンの恋と冒険に興味をもたれた方は、本書をどうぞ)
 さて、この小説はカフカの『アメリカ』と比べても複雑な心性を持つ移民青年の成長小説であったわけです 以前テレビで難民のニュース映像を見ながら「俺なら逃げずに留まって戦う」とニヤリと嘯いたお笑いタレントがおりましたが、幼い頃に海を渡ったトミーも両親の決断を生まれ変わった今では悔やんでいることでしょう 彼ならランボーナイフ一丁でホーおじさんのチャーリーも赤いクメールもまとめて相手できるはず 「ファイアー!」とか、「みなでコンビニ行こうよ」なんてまどろっこしいことも言いません 不穏な気配を捉えた途端――友人らには一瞥もくれず――襖を開け放ち隣室の侵入者に徒手空拳で躍りかかるトミー そもそも彼には他人の助力などはなから不要だったのですね 眠くて勇敢な消防士にも勝る壮烈なアメリカ人トミーは、携帯をへし折り、ロッジに据えられた電話機を壁から引きちぎります――鋭利な切片をターミネーターの目に突き立てるため、ジェイソンをケーブルで縛り上げ、湖の底に再び突き落とすために

 三度はないと思いたい