今年ノ五冊


 今年ノウチニ 08年読了の小説から五冊(順不同) クリスマスミステリーの二冊分が未読ですが、おそらく掛からないと予測して(エリザベス・ボウエン、ジョー・ヒル愛読者の皆さんごめん)

アメリカにいる、きみ C・N・アディーチェ

 Oヘンリー賞受賞作家なる肩書きが好適(コニー・ウィリスアシモフ読者賞にまっことふさわしいという意味合で) 移住した人々の物語以上に母国ナイジェリアを描いた話が自分に多くを語りかけてくれたのは、読み手の好奇、政治的に正しくない座をもつゆえ(著者は日本版の翻訳者に宛て、本書にアメリカを舞台とした作品を置いてほしいと要望していた)
 さらにわが内なるぐちゃぐちゃをさらせば、これほど美しい「著者近影」は初めて

世界の測量 ガウスフンボルトの物語 ダニエル・ケールマン



  →別項

すべての終わりの始まり キャロル・エムシュウィラー

「台所派」とレッテルを添えるのは誤りだろうか 前面に構えられた嗜好はセックスと家事 キッチンの囲みで鍋の吹きこぼれと幼子の不意に目を配りながら執筆、息子たちが長じて家を出ると、寂しさを埋める擬似家族を原稿に仕度した
 ル=グウィンとは違い私は劣等生と語るが、ライバーSF教室(SFは多段式ロケットであってはならぬという戒め)の最優等生でもある 奇想を展開する作家は極限にどう挑んだかまでが問われる イメージを得物とするからには、クロスカントリーバイアスロン)競技のぶれぬ体力を試される事ともなるのだが、極彩の想像力を秘める『黒い時計の旅』でさえ、終章に至り著者の荒い息遣いを空耳した覚えが 1921年生まれのエムシュウィラーがネビュラ賞獲得の『私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない』をF&SFに発表したのは2005年――ショートカットもチェンジリングもなし、一点も外さず、彼女はいとも涼しげに走破している
「乳母車 夏の怒濤に よこむきに」橋本多佳子

九年目の魔法 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

 実は五年ほど仕舞いこんでいた 旅行用に買っていたのです(さる事情でやむにやまれず手に取った夏) 読み始めてすぐにしまったと思った この物語を見慣れぬ景色、異郷の道々や夜を背景に眺められたら、生涯最高の読書体験の一つとなっていたろう 不案内なジャンルでこの作家を選んだのは、児童文学の研究本に於いて『わたしが幽霊だった時』がトールキンの著作と並んで賞されていたので
 深夜バスを利用しての横断、彷徨を敢行予定の方はせひ旅のお供に

フィアスコ スタニスワフ・レム



  →別項

 足しての一冊は『優しいオオカミの雪原』ステフ・ペニー(籠もりがちで、土地の描写も図書館からの資料に拠ったというディキンソン、ブロンテの伝統?を継ぐ英国作家)となります 年毎に女性の割合が増えていくような……レムの作品も名に負う所、仮に十作挙げたとしても『市民ヴィンス』のジェス・ウォルターが入ったかなあというぐらい


追記(12月31日)
 こちらで危惧していたことが……新刊本じゃないから暢気に書連ねていたのだけれど ジョー・ヒルはいまだに読めていない ボウエンさえ読了していないのです でも『すべての終わりの始まり』はやはり良い本なんだなあと思いました それと国書のウッドハウス・コレクションはほんとありがたい企画

 キプリングの『プークが丘の妖精パック』は光文社の新訳シリーズ、再読とした『野生の呼び声』、『木曜日だった男』と同時期に読んだせいで(ちなみにロンドンのは馴染み深い深町の新訳が、木曜日の男は旧訳が自分には合った)、つい混入してしまった様 もちろん初訳の初読です 今年ノ十作には入る作品だったので、男女比は四対六 女性作家が増加したというのも錯覚でした 混乱の極み、08年の果てがこれですわ